第1話 プロローグ


 「いやあ、間に合うもんだねえ」
 白い息をもうもうと吐きながらあえいでいる僕を見上げながら、駅のホームで待っていたツマは呑気にそう言った。僕はスーツケース2個とツマを車で駅に届け、いったん家に帰って車を置き、歩いて再び駅に着いたところだ。
 歩いて、とは言っても、次の電車に乗らないと乗り換えの都合で空港への到着がずいぶん遅れてしまうので、なんとか間に合わせようとほぼ全力で走ったのだった。ツマは予定の電車にはもう間に合わないと思っていたらしく、僕が電車よりも早くホームに現れたのがとても意外な様子だった。
 2013年2月18日の朝、僕らはロンドンに向かった。これは、今まで幾度となく僕の旅のパートナーを務めてきてくれたエフがツマに昇格したことの記念旅行で、平たく言うと新婚旅行なのだけれど、なんとなく照れくさいし面白くなく思う人もいるだろうから、普通のロンドン旅行と思ってくれていい。
 どうしてこの寒い時期にロンドンへ?
 普通はイタリアやフランスを選ぶのにどうしてイギリス?
 何人かの人に、そんな事を言われた。そういえばそうだな、と、この旅行記を書くにあたって今更だけれど、なぜロンドンに行くことになったのだろうと振り返ってみた。
 ANAのマイレージが海外に行けるほど溜まっている、と当時のエフが言ってきたのが発端だ。しかも有効期限が迫っているという。調べてみると僕も同じくらいのマイルが溜まっていて、しかも有効期限が近い。けれど二人とも仕事が忙しくて海外旅行ができるほど休みは取れないし、ここは一つ国内旅行で…と思っていた。ところが、ひょっとして結婚でもすれば大手を振って1週間ほど休めるのではないかいうことにと気づき、まずは行き先をざっくりと海外に決めた。
 考えてみれば、結婚のきっかけがマイレージの有効期限というのはどうか、とか、新婚旅行がマイレージの特典航空券というのはどうか、とか、他人から見たらちょっとなんだかアレだねえヒソヒソ…と言われそうだけれどほっといてくれ。
 二人の手持ちのマイルでどこまで行けるだろうと調べてみると、ヨーロッパも射程範囲内だ。エフはドイツに行ったことがないのでドイツに行きたいと言ったけれど、僕は英語圏以外はちょっと怖いから…とイギリス行きを提案した。最終的には、ドイツに行くなら行ってもいいが僕はドイツ語と言えばフォルクスワーゲンとポルシェしか知らないから交渉毎はすべてキミがやることになるがそれでいいか、と脅してイギリス行きを決めたのだった。それがちょうど1年前。
 それからロンドンまでの便を予約し、宿を予約し…と順調に進めば良かったのだけれど、とりあえず飛行機の予約だけ押さえておけばあとはなんとかなるよね、と、その後仕事が急に忙しくなったこともあって、旅の計画をまったく練ることなく出発日だけがものすごい勢いで近づいてきて、気づいたらアレ今日は出発日じゃないか、とそれはちょっと極端だけれどだいたいそんな感じなのだった。
 成田空港へ向かう電車は、平日だけれどそれなりに混んでいた。
 大きなピカピカのスーツケースを並べた男女がなんだかウキウキと寄り添ってニヤついていたり、ボロボロの小さなキャリーケースを一つだけ足下にぽつりと置いて、ワタシなんて世界中どこへでも一人で行っちゃうんだからフン、と妙にのけぞっている若い女性がいたり、まるで暗記でもしようとしているように一心不乱にガイドブックを読んでいる青年がいたりしておもしろい。この路線は普段の生活で使う乗客が少ないからか、羽田空港に向かう電車よりもやっぱり何と言うかちょっと旅の空気が濃い感じがした。
 成田空港に着くと、僕らはさっそく手荷物を預けた。寒い時期に寒いところへ行くので、コートを預けたりする手間がないのは楽だ。さて搭乗開始まではまだ時間があるしどうしようかねえ、と旅慣れているふうを装って呑気にたたずんでいると、修学旅行らしき団体がざっざっざとセキュリティチェックの前に長い列を作ってしまった。僕らはもう手遅れだけれど慌ててその列の後ろに並んだ。
 セキュリティチェックと簡単な出国審査を済ませると、あとはもう搭乗まですることがなくなる。
 免税店では化粧品や高い酒を売っているが用はない。ツマはいくつかの売店を見て回っていたけれど、僕はすぐに飽きてしまって店の外でぼんやりと突っ立っていた。
 今回の旅は7泊8日となる。僕はバッグの中からざっくりとした日程表を取り出した。ヒースロー空港に到着後、ロンドンにはその日を含めて3泊する。その後レンタカーを借りて少しだけ北上し、コッツウォルズ地方の小さな村、バイブリーを訪ねる。ここは古い姿の村が残っているそうで、村全体がハチミツ色なんだそうだ。ここにあるスワンホテルに一泊。ごはんもおいしいと評判なので、夕食付きにしてある。翌日はバースへ。英語表記ではBATHで、風呂を表すBATHの語源になった町だ。世界遺産のローマ風大浴場がある。次はソールズベリーという、特に観光地ではないのだけれどストーンヘンジが近い町に1泊。最後にロンドンに戻ってきて最後の夜を楽しんだ後、帰国。
 日本を発つ少し前からロンドンには雪の予報が出ていて、レンタカー屋にはスタッドレスタイヤなどもないようなので、もし本格的に降ってしまったらどうしよう、というのが少し心配だった。
 やがて搭乗開始時刻となり、僕らは搭乗口へと向かった。
 エコノミークラスは2-4-3という座席配置で、何人組であってもうまく振り分けて組み合わせることで見知らぬ人と13時間隣同士になるということがないようになっている。もちろん席の予約が遅ければ望み通りにはならないこともあるだろうけれど、僕らは2人席を取ることができた。周囲には団体も子供もいないようで、僕はほっとした。
 出発時刻は11時35分。成田からロンドンへは、13時間弱かけて9時間の時差を遡る。ロシア上空を通って、到着するのは同日15時過ぎ。夜がないのでずっと起きていることになるだろうけれど、仕事が忙しくて旅の計画がほとんど立てられていなかった僕らにはちょうどいい時間だったかもしれない。なにせ、泊まるホテルを決めて予約したのが出発の数日前という有様だったからだ。

 ヒースロー空港に到着したが、疲労感はほとんどなかった。ヨーロッパに向かう場合、時差はあまり気にならないのだ。そのため僕は元気溌剌意気揚々と入国審査に向かったのだけれど、その入国審査はなんだか妙に厳重だった。
 カウンターの前に立つとまず「なんとも怪しい奴だ、これはぜひ厳重に聴取せねばならぬな…」と睨みつけられ、パスポートの各ページに押された出入国スタンプの日付を1つ1つチェックし、最後に写真と僕の顔を何度も見比べた末に「怪しい怪しい、まことに怪しいけれども入国を拒否するまでの証拠が見つからぬ。一抹の不安は残るものの入国を許可せざるを得まい…」という表情で入国スタンプを押した後、パスポートを突き返された。テロの影響もあり仕方ないのかもしれないけれど、ああ怖かった。
 入国審査を無事通過して、ターンテーブルからよいしょと荷物を取り上げると、突然男に声をかけられた。
 「私の荷物はどこにあるだろうか。イスタンブールからトルコ航空で来たんだけど…」
 海外に来てまず心配になるのは「自分の荷物がちゃんと届くかどうか」ということだ。これは世界共通、というか、日本の航空会社ならわりと安心だけれどトルコ航空の品質は知らない。しょっちゅう荷物がなくなる航空会社なら、不安はより大きいだろう。男はうろたえた様子であたりを見回している。
 「便名は?」と聞くと、クレームタグを渡された。見慣れない形式で、便名がどこに書いてあるのかもよくわからない。国によってクレームタグもさまざまなのだなあ…と思いつつ便名とモニタに映し出されたターンテーブルの一覧を見ると、ターンテーブル6番らしいのでそう伝えた。男は礼を言いつつも「ホントかなあ、ホントかなあ…」とまだ不安げに6番に向かって行った。
 それにしても、なぜ一見して日本人とわかる者に声をかけるのか…。せめて「ひょっとして同じ便で来たトルコ人かも?」と思える人はいなかったのだろうか。僕は少し頼りなさげな彼の後ろ姿を目で追いつつ、彼の旅の行く先を案じた。
 パッセンジャーエリアを出ると、何人ものツアーの現地係員もしくは現地ガイドがそれぞれ様々な言語で書かれたボードを持って立っている。もちろん僕らはそういったものとは無縁だ。でもひょっとしたら何かの間違いで我々を歓迎してくれている人が1人くらいいるのではないか…と探してみたけれどやっぱりいなかった。
 すべての手続きが終わってパブリックエリアに立つと、やっと本当の意味でヒースロー空港に到着、という気分になった。